《ebol米兵の手記》


とびいりebolの爆撃行


イベント前夜
私が米陸軍に参加を申し込んだのは、本番開始2日前のことだった。私は、練習にも作戦会議にも
参加せず、それまでの経緯も知らず、ましてやテストプレーにも参加せず、このイベントに参加したわけ
である...ま、飛び入り参加のようなものと考えていただけばわかりやすい。
前日の土曜日に作戦を見ておどろく。おお、SBDでF2を全力攻撃か!これは兵力集中の原則に
かなっている、うむ、しかしSBDには乗ったことがない。さっそくオフラインで練習を行うが、なんと、まず
離陸がうまくできない。滑走路のはじが良く見えないのである。何度かやっているうちに、蛇行しながら
やっとこ離陸できるようになる。次は爆撃である。と、これがまたあたらない。私はいつもP38Lで緩降下
爆撃をやっていたが、これは相当目標に接近して確実に当てることを常としていたため、鈍足のSBD
では(Ackの餌食になってしまい)多分できないであろう。と思い、maks氏の爆撃マニュアルなどをひも
といて、もっと離れた位置から投弾する練習をしたのだが、まあ、そうすぐにはできないわけである。結局
命中率1/3ぐらいのままあきらめ、本番をむかえてしまった。

F2奪取 (第1週)
私の位置は第2小隊5番機。ぶざまな離陸を見られないように、少し遅めにぐにゃぐにゃと蛇行しながら
離陸した。やはりぶざまだったがクラッシュしなかっただけでよしとする。少し後ろの位置から編隊をなが
めるとなかなかかっこいい。普段こんなの見られないからね。ほどなく、F2に到着し、攻撃開始。私は
おこぼれを攻撃すればいいらしい。隊長以下、降下を開始する。うーん、これもなかなかいい。あっと
いうまにAck全滅、1発のはずれもなかったのではないか?みんなうますぎ。では、ビルでもつぶすか、
と私も降下を開始。本来の急降下爆撃はうまくできないので旋回しながらゆっくり降下。と、あらま、目の
前でビルも炎上、F2クローズ、私の出番無し。うん、ナイス、よかったと内心ほっとしながら高度を取り
直す。なるべく長時間居残ってCAPするのが作戦指示だったが、そのうち下の方で戦闘が始まった
ようだ。Land合戦になっているようだが、様子がわからない。私はこれは36計だとばかり、見つから
ないよう少し離れた海面上でだんだん高度をさげていった。しばらく海面上を遊弋後、F2の残り時間を
無線でたずねると、だれかが今8分と答えてくれた。やや距離があったため、もういかねばと決心し、
Landに向かう。戦況は全く不明だったが、近づいていくと、しめた、ちょうど滑走路上があいている!
一直線にLandを決行する。接地寸前に敵機の気配でふりむくと、ちょうど日本機が私のしりのところで
死んだところだった。かまほりだな、ふっ、とほくそえみつつ.e 、まもなくF2オープンとなり、連合軍の
F2奪取は成功した。あとで聞けば基地が10分よりも早くオープンしていたというではないか。思えば
戦場は錯誤の連続であり、この成功が幸運以外のなにものでもなかったということが今になると痛い
ほどわかる。日本軍の月月火水木金金の猛訓練と精密なる基地占領手順も、とびいりebolのまぐれ
Landing成功に涙をのんだのである。

F8取りこぼし(第1週)
さて、F2奪取ののち、多少の曲折はあったが、作戦予定にはなかったF8を取りにいくことになった。
われわれが到着する前に英軍がF8を攻めていた。到着したときにはまたLand合戦となっていた。この
ような乱戦の中では、だれが生き残っていて、自分がいつLandすればよいのか全くわからない。
しかたがないので、適当に突っ込んでいったところ、こんどは2匹めのどじょうはいなかった。滑走路上
に到達すると、4、5機の日本機が怒り狂ったくまんばちのように前方より突っ込んできた。処置無しで
ある。しかたがないのでいったんすれちがったのち、反転してLandを敢行することにした。機銃を乱射
しながら突っ込むと1機日本機が死んだ。おお、Colか、機銃命中か、Autogunnerか全くわからぬが、
幸先がよいではないか。が、よしっ反転だとスティックを引いた刹那ガンガンガンと命中音、あっさりと
瞬殺されてしまった。
Kill of ebol awarded to saya......... さやアアアア ...戦場は非情である。
このあともLand合戦は続いたようだが最終的に日本軍がF8を制した。
結局死んでしまったが、F2奪取に貢献できたし、2 Kill 1 Death だから満足満足、ということで
第1週は終わった。

第2週まで
作戦が届く。おお、試作機のP38Fに乗せてくれるのか! onsO司令の配慮に敬礼! ただ、困った
ことに、いっしょに送られて来た地図がわたしのPCでは開けなかった。全体の作戦構想を知らな
かった私は作戦を見て首をひねる。攻撃目標がF8だったのである。私の考えでは、前回打ち込んだ
楔をさらに深く進める、つまりF2からF7を攻撃し、敵ののどもとに匕首をつきつけるのが正攻法だと
おもっていた。F8は頃合いをみはからって別働隊が占領できるのではないか?あるいはF6に多少
気合の入った陽動攻撃をかけるのもおもしろいかもしれない。などといろいろ空想にふけっていたが、
誰かがF6攻撃を提案したところ、あっさり却下された。司令には確固たる戦略がある。そうそう、こんな
ことをむだに考えているより練習だ! 自分は38乗りだがF型にはほとんど乗ったことが無い。それに、
F型は降下中に固まってしまうため爆撃はけっこう難しいのだ。というわけで、こんどはオンラインに出か
けて爆撃練習を行った。オフラインでは命中判定が甘いため、練習にならない。F型の降下性能を確認
し、フラップを一段入れて降下することにより、自分のいつもの緩降下爆撃でなんとかなるという感触を
得た。

F8攻撃(第2週)
38隊が先に投弾するとある。ということは、こんどは必ず投弾することになる。これは絶対はずせない。
連合軍人としての責任はもちろん、日頃の38乗りのメンツがある。F2を飛び立ち、なぜか私が最初に
F8に到着。敵はいない旨報告を送る。まもなく僚機も到着し、onsO司令より、38隊inの合図がかかる。
私の方法では10kから始めると加速になるため、6kぐらいまで降りる。緊張、緊張。38乗りのメンツで
自縄自縛におちいった私は、WBを始めて以来これほどの緊張感は初めてというぐらい緊張し、全身を
汗が流れる。Ackを避けるためやや旋回しながら降下し、私の担当SAckに最後のねらいを定めた。
よし、今だ、当たれーと叫びながら1000ポンド爆弾をたたきこむ。ラダーロールでAckを回避しながら
後ろをみると、おお神様感謝いたします、SAckは破壊されていた。奇跡的に被弾もない。全身の力が
ふっと抜け、心地よい開放感にひたることができた。弾痕は直撃ではなかったので、全く1000ポンド
爆弾の誘爆のおかげである。ま、当たりは当たり、破壊できれば良いのだ。さて、高度を取り直すと、
目標がどんどん破壊されているのがわかった。あとはタワーだけだ。これは撃たれないだけ楽な爆撃
である。こんどはややリラックスした状態で慎重に狙い、破壊に成功した。F8クローズ。高度を取り直
してCAP。これからがたいへんである。エンジンを50%ぐらいにしぼり、ねばる。下ではまたLand
合戦が始まったのか?あいかわらず、状況はわからないが、どうやら確保できそうな感じであった。
ここで私は早まった決断をしてしまった。燃料が不足してきたため、38を温存したい気持ちにかられた
私はF16への帰還許可をもらってしまったのだ。同じく38のInue機も燃料の欠乏をうったえていたが。
私はなおも哨戒行動を続けながら、F16に近づいていった。と、またぎりぎりになったところで日本軍
が奪還作戦を開始した。あー、まずい、F8Greenになってしまった。しかもそのまま取り返せない。
どーなっているんだ?ここで私は再び機首をF8にめぐらせたが多分間に合わないだろう。と、ほどなく
私の心配は現実となり、F8はFrogのままオープンしてしまった。ああ、申し訳ないことをしてしまった。
自分一人がいたところでどうなるということは無いだろうが、大事なところに居合わせなかったという
ことが、悔やまれる。onsO司令に手を合わせる。

F2の失陥
我が軍はF8をあっさりあきらめ、そうこうしているうちに敵のF14攻撃(第一次)が始まった。私はこの
防衛戦には参加しなかったが、どうやら敵は兵力不足で失敗したようだ。その直後に、敵の矛先がF2
に向いていることが判明。あっというまにF2がクローズされた。F14は陽動だったのではないか?私は
38Fに1000ポンド爆弾を積み、F2に向かった。途中敵味方不明機に蝕接されたが、ことなきを得て
F2に到着する。空中には敵影は見えず、滑走路上に4機ほどがOTRしているのが見えた。よし、あれを
Vulchしてやろうと滑走路上を一航過し、旋回、降下しようとした刹那、ガンガンガンとAckに撃たれて
しまった。くそ、オープンしたか!エンジンと燃料タンクが損傷し、機体のダメージは意外に重かった。
待避して体勢をたてなおすうち、味方の爆撃が始まった。これに私も参加し、4個目のAckを破壊した。
このとき、さらに被弾して、傷口がひろがった。燃料はどんどん無くなっていき、エンジンも息をつき始めて
いる。残るはビルだけだ。inue機に続き、私も降下を始める。二人とも破壊成功、クローズ!いつもながら
連合軍の爆撃はみごとである(というか1000ポンドの誘爆のおかげ?)。機体がひどいしゃっくりをおこ
している。燃料もほとんどなく、止むを得ず、F2にLandすることにした。しかし、結局このあと日本軍の
Land部隊にしてやられ、F2奪還は為らなかった。それとともに、私の愛機P38も失われた。ドラマはさら
に続き、敵の第二次F14攻撃が始まったが、私はP39にてF16を哨戒しており、空戦には参加せずに
終わった。第2週目で連合軍は打ち込んだ楔を抜き取られ、また互角の情勢にもどってしまった。
今日は全く弾を撃たなかったが、爆弾は4発全弾命中であったのでよしとする。これをもって私のメコン
イベントは終了した。

ふりかえってみると
私はMAではよく爆撃を行っていたので、このイベントの概要をみたとき、500ポンド爆弾、ましてやゼロ
の100ポンド爆弾では基地をクローズさせることは難しいだろうなと思っていた。しかも、日本軍の軽戦
に爆弾を積んで行動するのもつらいだろうし、日本軍は艦爆をつかわざるを得ないだろうと読んでいた。
その艦爆をP39の37mmでばりばり撃ち落としてやろうというのが私がこのイベントに参加した動機で
あった。しかし、予想に反して日本軍は戦闘機を中心に運用してきた。しかも、第1週では基地を3個所
もクローズさせていたという、恐るべき練度をほこっていた。また、われわれがクローズさせた基地を、
オープン寸前に制空隊とLanderを送り込んで奪取するあざやかな手際。あとで聞けば8月から連日猛
訓練を行っていたというではないか。さもありなんである。ひるがえって我が軍は、ほとんど無訓練、作戦
は第一段のみ、あとは臨機応変という感じで、またそれぞれの場面で各自がどう行動するかは各自の
判断に委ねられていた。一糸みだれぬ団体行動の日本軍対個人技の連合軍という構図だったと思う。
私はこの自由度の高い連合軍が大好きである。1000ポンド爆弾が無いという大きな弱点を猛訓練で
補い、終始攻勢に出た日本軍、それを受けて立った個人技の集合体連合軍、実にバランスのとれた
ビッグイベントであった。 (了)